2005年11月12日

エリザベスタウン

エリザベスタウンを見に行ってきた。この映画の脚本監督は「あの頃ペニーレインと」の脚本監督を務めたキャメロン・クロウ。主演はオーランド・ブルーム。「ロード・オブ・ザ・リング」でレゴラス役を演じていた俳優さんだ。「ロード・・」の時のオーリーは金髪長髪で不思議な魅力があったけど、今回の黒髪短髪の好青年役もカッコよかった。

話自体は、「あの頃ペニーレインと」のキャメロン・クロウ脚本ってことで、かなり期待して見に行ったのだが、恋愛物語のあり方とか、葬式に対する考え方とか、日本人のメンタリティーでは理解しづらい描写が多く、イマイチ感情移入できなかった。まぁオーリーがカッコよかったのでプラスマイナスゼロってところか。


ごくごく簡単にあらすじを書くと、

オーリー演じるドリューは、会社を解雇され、さらに父を亡くしてしまう。ドリューは父の住んでいたエリザベスタウンへ向かう途中で、ひょんなことから、クレア (キルスティン・ダンスト) と出会い、そして二人は次第に恋に落ちていく・・・。

というもの。

クレアは、ドリューと二人抱き合って、ドロドロくらーい悲しみに一緒にハマっていくのではなく、あくまでもドリューから離れた位置に立って、暗い穴の中に居る彼を、穴の外からロープでひっぱりあげようとしている感じ。日本人って、やっぱり泥沼ジメジメ演歌調の恋愛物語が好きだったりするけど(昨今の純愛ブームとか韓流ドラマブームしかり)、そういうドロドロ系物語とは対極のカラリとしたアメリカ的恋愛ドラマだなぁと思った。

で、この映画を見ていて思い出したエピソードをひとつ。

数年前、日本に来ていたアメリカ人・オーストラリア人たちと鎌倉に遊びに行ったことがあった。お寺とか町をぐるぐると歩いてまわっていたのだが、途中、アメリカ人の一人が体調を崩し、明らかに歩くペースが落ちてしまった。体調を崩した本人は「大丈夫。問題ない。」と言っていたのだが、私達から見て、彼はあきらかにしんどそうだなー、という感じだった。
その時、日本人やオーストラリア人は「あの人大丈夫かなぁ、本当にまだ歩けるかなぁ。」なんてあれこれ心配していたんだけど、他のアメリカ人は「彼が自分で大丈夫と言っているなら問題は無い。彼は自分で自分の問題をハンドルできるよ」と、あっけらかんとしていた。
アメリカの個人主義思想っていうのは、こういうものなのだなぁ、と思った記憶がある。

ドリューとクレアのカラリ恋愛物語を見ていて、あの鎌倉旅行のことをふと思い出した。

あとドリューのお母ちゃんが、お父さんの死に動揺して、料理始めたりタップダンスを始めたり、コメディのレッスンを受けたりするんだけど、お母ちゃんの様子(何かに邁進していないと罪悪感を感じてしまう・常に前進していなくてはいけないという強迫観念)って、なんとなくアメリカっぽいよなぁと思った。あ、完全に偏見ですが。

そしていろいろと自分探しをしたドリュー母ちゃんは、お父ちゃんのお葬式(まるで結婚式披露宴のようなセレモニーなのだが)で、コメディクラスで鍛えた話術(下ネタ満載)を披露し、タップダンスを踊って、親戚一同から拍手喝采を浴びる。これもなんというか、日本人には無い感性だよなぁ。日本人が人の死に際して、あんなものを見せられたら、普通引いちゃうんじゃないかな。

あとドリューがあれだけ火葬にこだわっていたのに、突発的に「火葬は辞めよう!」と思ったのも意味がよくわからなかった。結局、父ちゃんは火葬されちゃったんだけど、それに対してはドリューはたいして嘆きも悲しみもしなかったのだ。なんで??火葬に対するアメリカ人の一般的な考え方が分かっていれば、この場面も理解できたのかな。

そんなわけで全般的に、「???」が多いお話でした。最後のドライブシーンはまあまあ良かったけど。

評価:★★★☆☆





posted by miton at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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